加代は、栄ぐらいの年齢で

加代は、栄ぐらいの年齢で

加代は、栄ぐらいの年齢でーー厳しくも温かい彼女を、詩はすぐに好きになった。

加代は、一日を通して、休む間もなく走り回っている。

詩も必死についてまわった。

「ははっ…加代さん。

可愛いお弟子さんが出来たね」

庭で井戸の水を汲んでいると、男性がニコニコして来た。

さっきから大きな音がしていたと思ったら、薪を切っていたらしく、手には斧が握られ、背の背負い籠にたくさんの薪を背負っている。

その男性は、冬なのに湯気が出そうに上気して、袴も袖も捲り上げていた。

「弥七、桜はまだ子どもなんだから手ぇ出すんじゃないよ」

「おっとこれは手厳しい」

という人はくだけた雰囲気のある男性で、とても年上に見えた。

弥七はころころ笑っている。

詩はぺこりと頭を下げる。

「桜と申します。よろしくお願い致します」

「うん。

桜か、よろしく。

加代さんは鬼婆だから気を付けな」

「弥七、オニババとは何だい。

ったく、お前にも桜ぐらいの子がいてもおかしくないってのに」

「おおーこわいこわい。

加代さん…水ぐらい、俺が運んでやろうか?」

「いいよ。弥七にも仕事があるだろ?」

「そうかい。もうババアなんだから無理するな」

「何だって?こら!!」

「ひゃっはっはっ」

弥七は大笑いしながら逃げて行った。

「…ったく」

加代は、ザーッと水を桶にうつす。

「桜、これを土間の甕にうつすの」

「はいっ」

「重たいよ?持てる?」

「大丈夫です!」

詩は木の桶を抱える。

「…桜は細っこいからねえ…

木とか水とかって、見た目より重たいんだよ。

無理しなくていいからね」

加代が心配そうに見つめる中ーー

「はい

えいっ…

持てました…っ」

詩はニコニコして桶を運ぶ。

前が良く見えない。

「大丈夫?」

「はいっ」

「そこから左だよ」

「はいっ」

台所に到着し、大甕に水をうつした。

「ふふ…案外力持ちだね」

感心したように加代が言う。

「ありがとうございます。

加代さん、甕一杯にしますので、水くみはお任せください」

「大丈夫かい?」

「はい、これなら私でも1人でできますので」

詩はにっこり笑う。加代もつられて微笑んだ。

「そうかい…最近年で腰が痛くてね…助かるよ。

じゃあ、悪いけど、頼んだよ」

加代は次の仕事をしに行くという。

詩は井戸に戻って、往復して桶を運んだ。

ーーよし、もうすぐ、一杯になる。

そしたらまた、加代さんを手伝おう…

前がよく見えないまま、桶を抱えて角を曲がる。

と、何かが桶を固定した感触がして、フワッと桶が軽くなった。「…あ」

詩が驚いて見やると、そこに居たのは芳輝だった。

「…芳輝様…!

すみません、ぶつかりましたか?」

「いや。ぶつかってないよ。

桜…」

芳輝のふわりとした笑顔が少し曇る。

「君は女子なのに…こんな重いものを…」

軽々と桶を持つ芳輝。

すぐに傍にいた甚之輔が心得た様子で、スッと桶を受け取る。

芳輝は驚き固まっている詩の手を取って見つめた。

「…手が真っ赤だ」

詩の白い手は、寒さと慣れない仕事で赤くなり、繊細な皮膚には、細かな傷もたくさんできていた。

「だっ…大丈夫です…っ」

手を引こうとしたが、思いのほか芳輝の力が強く、

芳輝の大きな手はそのまま詩の手を温めるように包む。

「…君はこんなことまでしなくていいんだよ」

詩は慌てて芳輝を見上げた。

加代の立場が悪くなるかと心配したのだ。

「あの…違うのです。

私が何でもさせて欲しいとお願いしたのであって、このくらい」

芳輝はふわりと笑った。

「…わかっている」

「…」

そう言われてしまえば、もう詩は何も言えなかった。

握られた手と、じっと詩を見つめる瞳ーーどこか緋沙に似て、暖かな視線。

距離が、近い。

「…」

ーーこの『間』は…なんだろう…

身のやり場もなく、詩が困っていると、甚之輔がフッと笑った。

「芳輝様…桜が困っていますよ」

「あ。ああ…すまない」

芳輝は自分でも心から驚いた様子でーーパッと手を離した。

詩はぺこりと頭を下げた。

それから。

最後の分の水は、甚之輔が運んでくれた。

「水汲みや重いものを運ぶのは、男衆に任せるといい。

こちらからも言っておくから。

加代さんも…もう年だからね」

「ありがとうございます」

詩は頭を下げた。

ふっ…と、甚之輔が笑う。

「なんだろうね…桜は…」

「…?」

「いや…」

それきり甚之輔は何も言わず、去っていく。

「ありがとうございました」

詩はぺこりと頭を下げた。

ーー皆さん、親切だな…

詩は桶を片付けながら微笑んだ。

緋沙様のご実家は…皆さん、穏やかで…優しくて…ありがたいな…

「よしっ…加代さんとこ行こう。

加代さーーん」

それから詩は山盛りの里芋と格闘した。

一通りのことは、実家で習ったとは言っても、所詮『姫』の立場だった。

実地でするのは分量も含め、勝手が全く違うことが、一日目でよくわかったのだった。

「さあ、次は買い出しに行くよ」

ひと段落ついたところで、加代は籠を詩に渡す。

ーー加代さん、元気だな…

加代は、休む間もなく、働いている。

詩は思わず笑って、一緒に屋敷を出た。

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